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エッセイ創作の最終課題で

2010年09月04日 23:27

「だから何回も言うけどパンツは」

八月二日は、パンツの日らしい。

某百貨店では、「パンツの日には、女性から男性にこっそりとパンツを贈りましょう」という触れ込みとともに、個性的なパンツが並べられていた。

なんだって女性が男性にパンツを贈らねばならんのだ、こんなのが習慣になるわけないだろう、と思いつつも、パンツを見るわたし。実を言うとわたしは、男性モノのパンツがだいすきなのだ。

男児が履くであろう戦隊モノブリーフ、カルバンクラインやラルフローレンなどのブランド物、若い男子に人気らしいアウトドアーのド派手柄、どこで売っているのかよくわからない幾何学模様のトランクス、などなど。この人って、どんなパンツ履いてるんだろう、ってよく考えている。でも念の為に言っておくと、決して性的に見ているわけではない。あくまでも、パンツは芸術だ!の精神である。

カタチで言っても、ブリーフ、ボクサー、トランクス、最近よくあるボクサーブリーフって選びたい放題で、でもやっぱりそこに個人のこだわりが表れるわけで。俺はトランクスしか履かねえし、みたいな。懐古主義なんだか流行りの和モダンなんだか知らないけど、ふんどしタイプもあるんだよね。あれを履いている人には一回お目にかかりたい。どうやって用を足すんですか、って。

男のひとは、女の子のパンツとか見たがるけれども、あれってどうしても性的欲求にしか思えない。だから、自分のパンツはあんまり気にかけないんじゃないかって思う。でも!たとえばカノジョと旅行に出かけたときなんかに、さらっとオシャレパンツが出てきたら、女の子は君にメロメロ、たぶんね。江戸時代の「裏勝り」じゃないけれど、普段見えないところがおしゃれだったらかっこいい、たとえジャケットがよれよれでもパンツがびしっと決まっていればそれでいいんだ!

「普段見えないところ」とは言ったものの、今は腰パンでわざわざパンツを見せるようにジーンズをずり下げて歩いている男の子も多い。わたし的にはそれはNG。だって、想像する楽しみがなくなってしまうし、もう少し恥じらいを持ってもいいんじゃないですか。一応中身は性器なんですし。いくらおしゃれだからって見せつけられたら、こっちが萎えるってもんだ。

女の子のブラやパンツもいいけど、なんかこう、枠からはみ出ないというか、どうやっても同じような柄や、カタチになってしまうわけですな。男のひとはよく、「しまパン(しましま柄の綿パンツ)」がいい!って言いますが、あれもなかなか売ってない。たまーにワゴンセールでの山積みパンツに埋れているくらいである。要するに、女の子業界って結構キビシイものがありまして、女の子視点でカワイくないものはどんどん却下、無難に売れるものがやたらと出回るわけだ。あとは、機能性?お尻のお肉をキュッと引き上げるものとか、冷えを予防するものとか。パンツそのものの見た目だけじゃなく、自分の見た目も気にするわけで、そういう方面に商品を作ればそこそこ売れる。

その点、男のパンツってのは、もともとあんまり期待されている部類ではないんじゃないか。売れるところに売れればいい、というか。そうでなければ、キャラクターモノとかやたら渋め日本映画風とか出せないっすよ。あんなのやけっぱちで作ってるとしか思えない。でもそれがいい。だってそこには自由があるもんね。結局、商業的に考えてしまうと、なんでも普遍的に、一般ウケするようにつくらなければならなくなるわけだ。でもそれって、全然「芸術」じゃないでしょう。わたしが男性モノパンツを芸術だと思うのって、そういう理由なのかしらん。

男性モノパンツを見ていて、ああコレ欲しいかも!って思うモノが結構あるのだけれども、なんにせよ使い道がない。いや、本当はかぶりたい気持ちいっぱいなんだが、家でかぶるためだけにパンツを買うのもなあ。今度こそ家族に白い目で見られることうけあい。だけど、いつか必ず、パンツかぶりの為だけに、男性モノパンツを買ってやるんだ。なんたって、パンツは芸術だから!

ここまでパンツがすきなら、パンツブランドでも立ち上げればいいじゃない、ってね。わたしもそう思います。毎日身につけるものだから、需要はあるはず。女の子と男の子ペアでの下着とかね。今もあるけど、もっと斬新なデザインで、もっと低価格に。そうすれば、ちょっと売れるかも。うーん、でも肌触りにもこだわりたいし、低価格ってのをどうするかだな。手売り?まさか。ネット限定とかね。一種類は必ず、草間彌生風で。本人に頼むと高いから、あくまで「風」。あとは、だいすきな奈良美智デザインとか。ああんやっぱり高くつく。芸大の知り合いたちに頼もう。そうしよう。困ったときは友達だろ、って脅そう。

「パンツの日」を馬鹿にしてたわたしだけど、パンツブランド立ち上げるなら絶対大事な日になるんだから感謝しなくちゃ。というかそもそも、時事ネタと見せかけて自由にパンツ語りできたんだから、ほんとオイシイです八月二日。
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カワイイはくずれる

2010年09月14日 14:14

昔から愛想はよかったので、周囲の大人やお姉さんにかわいいかわいいと言われ続けてきた。親は、わたしのブリッコ気質を早くに見抜き、決して髪にリボンをつけたり、レースフリフリの服を着せようとはしなかった。
それにしても可愛がられるので、自分はかわいいのだと思っていた。思い続けて生きてきた。

しかし、自分が思っているほど実はかわいくないという事実は、最近になって薄々わかってきた。というか、高校生になったあたりからわかっていた。
小中学生の頃は、わりと上の方にいたと思う。洗練された環境の中で過ごさせてもらっていておしゃれだったし、にきびもできなかった。中学生なんて普通は芋臭い時期だから、絶対わたしは可愛かったはずだ。
なのに、高校生になるとなぜか可愛い子が増えた。今までなんでもなかった芋女がギャルになっていたりした。みんなが化粧をしはじめ、スカートを短くし、軽く髪を染めたりパーマをあてたり(本当は禁止だった)すると、見違えるように「女」になった。

わたしはついていくことができなかった。完全に乗り遅れた。
「どうせそんなキャラじゃないし」「生徒会は校則やぶれないし」という言い訳がわたしのなかにいつもあった。本当にかわいいのはわたしなのに!いつか見返してやるわ!

しかし大学生になった今、わたしが可愛くなったかと言うとそうではない。結局、言い訳ができた昔のほうがよかった。いや、今でも苦し紛れの言い訳をしている。
「すっぴんでもかわいいのはあたしだもん!」

聞き苦しいことこのうえない。まずは性格をかわいくしろよむつみん。

悩めるお年頃っていつですか

2010年09月27日 06:31

最近、人から相談を受けることが多い。
人の話を聞くのはすきでもきらいでもない。話に興味を持てればたのしいし、つまんなかったら苦痛。相手の話をきいて本気で怒ることもあれば、半分以上聞き流していることもある。
ただ、それとは別の問題で、相談を受けることって難しい。相談をしてくるひとが、わたしに何を求めているのかを判断することが難しい。

「相談したいんだけど」って言ってくる人は、大きく分けて2パターンいる。
1)自分の話を聞いてもらったうえで、相手の意見を言ってもらいたいひと
2)とりあえず話を聞いて欲しいひと

わたしはどちらかといえば1のタイプ。そのとおりにするかはともかく(というかそのとおりにしないことのほうが多いけど)人の意見は聞きたい。
だから相談を受けると、自分もびしびし意見言っちゃうのですが、最近気づいたのは、2のタイプのひとのほうが多いっぽいってこと。

カウンセラーと呼ばれる人たちは、「傾聴(けいちょう)」というのを訓練するらしいですね。相談者の話にただ耳を傾け、うんうんと頷いてあげること。どんなにその人の話が間違って聞こえたとしても、それを指摘することはしないらしい。
「それは絶対違うだろ」って言ってしまう睦さんは、カウンセラーにはなれそうにない。

1の人の中でも、自らの求めてる意見を言ってもらいたい、ってのもいる。そんなひとに、真っ向から反対意見を述べると、余計にへそまがりになる。

結局、みんな背中を押してもらいたいんだなあ、弱ってるときに議論なんてしたくないんだなあ、と最近反省している睦さんです。
でもやっぱり、意見をぶつけ合うのも大事だと思うんですよわたしは。ただ、忘れちゃいけないのは、平常心と客観視ですね。難しいね。


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